第4章 政府のしごと
3 社会保障
安心してくらす仕組み
中学三年生ののぞみさんは、盲腸で入院手術をしました。そのときに、約7万2000円を治療費と入院で払いました。さて、治療費が本当はいくらかかったか知っていますか?(24万円かかっています。)その差額はだれがどのように出したのでしょうか?(医療保険から出ました。のぞみさんは、給付3割の健康保険の被保険者家族だったのです。)
こんな身近な医療保険を中心に社会保障の仕組と問題について学んでいきましょう。
1 社会保険にはどんな種類があるの?
クイズ 1 次のようなときには、どんな社会保険が適用されるでしょうか?
・高齢者になったら生活を保障してもらうとき……………………… 保険
・介護の必要な人に介護費用を補助してもらうとき………………… 保険
・仕事上で死亡したときにその後の生活を保障してもらうとき…… 保険
解説 これらは政府が整備したもの
医療保険だけでなく、年金保険、雇用保険*、労災保険、介護保険の5つの保険は、すべて政府が整備した保険です。これらの保険のうち医療、年金、介護、雇用保険は、国民がお金を出して足りないところを政府や企業が出して運営しています。労災保険は、雇い主と政府がお金を出しています。それらを社会保険といいます。社会保険は、日本の社会保障制度*の柱のひとつです。保険には、このほかに、民間の会社が運営している損害保険や生命保険があります。
参考
日本の社会保障制度
(表あり)
日本の社会保障制度は、図のように大きく4つの分野によって構成されています。この章では、その中の社会保険の部分に光を当てて、そこを中心に見ています。
このうち公的扶助は、生活が困っている人に国の責任で一定水準の生活を保障するものです。社会福祉は、社会的に弱い立場にある人が自立したり、安定した社会生活を営むための施設やサービスを提供します。公衆衛生は、保健所の仕事に代表される病気の予防や衛生教育の普及などの住民の健康増進をはかるものです。
答え(模範解答)
●クイズ 1……(上から)年金、介護、労災
2 社会保険の仕組と歴史はどんなもの?
◆ やってみよう◆「数あてゲーム」
6人1組になって、数あてゲームをやろう。
さいころを用意して、出た目と自分の指定した数が一致したときにはお金を600円払います。一致しないときには120円をもらえます。そのとき、1回のゲームで100円払うと、出た目と指定した数が一致してもお金を払わなくてもいいことにします。
このゲームからどんなことが発見できるでしょうか?
▼下のアドバイスも参考にね!
このゲームは、確率6分の1で起きる600円を払わなくてはいけないという危険な状態を、100円払うことで回避しようとする仕掛けになっています。国が整備している各種の保険制度もこれと同じです。病気になったり、働けなくなったりしたときに備えて保険の加入者と国が準備をしようとする制度です。
◆やってみよう◆アドバイス……
確率6分の1で600円払わなくてはいけなくなります。それを回避するために100円払っておけば、600円を払わなくてもよくなるだけでなく、20円分得をするようになっています。みんなでお金を出しあっておくと、何かの災害などのときに助けてもらえます。保険の仕組と同じゲームになっているのです。
解説 社会保険はどのように整備されてきた?
みんなでみんなの生活や健康を守ろうとする社会保険の理念や制度が普及したのはなぜでしょうか? またいつごろからでしょうか?
19世紀にドイツではビスマルクという政治家が、労働者の病気やケガに対して治療費を給付する疾病保険*をいち早く導入しました。
20世紀に入り、アメリカのニューディール政策のなかで社会保障法*という法律が作られ、社会保険の制度ができました。
日本では、第二次世界大戦後、憲法第25条で生存権が明記されたことにより、徐々に制度が整備されてきました。現在では、国民皆保険、皆年金*の制度が整備されています。
*雇用保険
失業などをしたときに所得保障することと、再就職を促進することを目的とする社会保険。雇われた人、雇い主、国の三者で資金を用意します。
*社会保障制度
日本国憲法第25条の規定に基づき、社会保険、公的扶助、社会福祉、公衆衛生の四つの柱からなる制度。病気やケガ、失業など様々な事態に対応して、国民生活を安定させることを目的とします。
*疾病保険
このときビスマルクはいわゆる「飴とムチ」の政策で、社会主義運動を取り締まる一方で、社会保険の制度を導入しました。
*社会保障法
社会保障という言葉をはじめてとりいれた法律です。ニューディール政策は、1930年代の世界恐慌の対策として、アメリカのF.ローズベルト大統領によって推進された政策です。
*国民皆保険・皆年金
1961年にすべての国民が国民健康保険や組合による健康保険に必ず加入する制度が実現し、同じく1961年にはすべての国民がなんらかの年金保険に加入する制度が発足しています。
3 いま日本の社会保険にどのような問題があるの?
フォトランゲージ
この病院待合所の写真から、何が発見できるだろうか。
(写真)
解説
日本の社会の特色がここに出ています。それは急速に進む高齢化*です。
いま、65歳以上の高齢者は全人口の約19%、これがあと20年たつと約25%、4人に1人が高齢者になります。それに伴って、医療や介護の保険からの支出が増えていきます。また、年金保険の受給者も当然増えていくわけです。
逆に、子供の数は急速に減っています。それを象徴するのが、女性が一生の間に何人こどもを生むかを見た合計特殊出生率という数字です。
クイズ 2
2003年にある数字がショックを与えました。次のどれでしょうか。
@ 0.5人 A 1人 B 1.29人 C 1.50人 D 1.71人
ここからは、日本が急速に少子高齢化している現実がうかがえます。
4 社会保険を支えるお金
問題は、社会保険を含む社会保障を支えるお金の問題です。
社会保険のなかの、高齢者の生活保障を目的とする年金保険では、全部あらかじめ自分で積み立て*て、そのお金で必要なときに支出ができればいいけれど、積み立てた金額より、必要とする金額が増えているというのが今の日本です。
だから、いくらいま積み立てていても、将来自分が必要なときに給付をうけられないのではないかということで、年金保険の未納者が増えて問題化しています。
医療保険でも、その他の保険でもだれが、どれだけ負担をするかという点では、まだまだ問題を抱えています。
答え(模範解答)
●フォトランゲージ……アドバイス
写真にはお年寄りが多く写っていることから、病気にかかる高齢者が多いことがわかりますね。
●クイズ 2……B
◆ 調べてみよう ◆
◆ 他国はどうなっているんだろう?◆
もしのぞみさんと同じように盲腸で入院することになったらどうなるか、インターネットで世界各国の医療保険の制度を調べてみましょう。
●アメリカでは…
●北欧諸国では…
▼下のアドバイスも参考にね!
●アメリカ……全国民をカバーする保険制度がないため、個人保険に入っていない場合は、全額自分で負担します。アメリカでは約2割の人が無保険者です。
●北欧諸国(例えばスウェーデン)……北欧諸国では、健康保険に加入して保険料を払っていれば、基本的に無料で治療が受けられます。ドイツ*やイギリス*でも基本的には同じ仕組みとなっています。国際比較をすると、日本の制度は良く出来ている点と不十分といえる点の両方が浮かび上がるのではないでしょうか。
…じゃあどうするの!?
では、これからどのように安心してくらせる仕組みをつくったらよいのでしょうか。
ひとつはケインズ君が主張するように、政府の力で高水準の福祉制度をつくって、相応の負担をみんなで分かち合っていく方法を選ぶ道があります。
もうひとつはスミス君が主張するように、政府の仕事は少なくてもいいから、自分でできる範囲で行う自助努力の道を選ぶ方法もあります。もちろん、両方のいいところをとった「第三の道」もあるでしょう。
君たちはどの道を選ぶか、みんなで話し合ってみませんか。
* 君の考え
* グループの人たちの意見
* みんなの結論
◆ 調べてみよう◆ ……アドバイス
アメリカ:全員が医療保険に入っていないので、人により対応が異なります。
北欧諸国:健康保険が整備されているので、保険料を払っていればほとんど無料で医療が受けられます。
*高齢化
国連の定義では、65歳以上の高齢者が人口の7%を超えた社会を高齢化社会、14%を超えた社会を高齢社会としています。日本は、1994年に高齢社会となりました。
*自分で積み立て
年金保険の資金を準備するには、将来支給される年金を保険料で積み立て行く方式と、一定期間に必要な年金額をその期間の保険料でまかなう賦課方式という二つのやり方があります。日本では、今は修正積み立て方式という両者の中間のやり方をとっていますが、しだいに賦課方式に移行しつつあります。
*ドイツ
国民健康保険が発達していて、加盟者は原則無料で治療が受けられましたが、2004年から一部負担制度がはじまりました。高額所得者は私費保険のみの人もいます。
*イギリス
外国人でも国民保険NHSに加入でき、加入すると医薬品は一律6ポンド、診察・入院・手術は全額が保険でカバーされます。しかし、国民保険の医療水準は必ずしも高いものではないといわれています。