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2004・08早稲田大学経済教育総合研究所シンポでの発表

日本における経済教育の現状と課題

東京都立西高等学校  新井 明

6 そしてこれから

 否定的な部分の紹介に傾きすぎたようである。では,日本の経済教育は絶望的なのか。筆者はそう思わない。逆に,いまが大きく展開する寸前の状態であると判断している。その新たな展開を予兆させる動きを三点紹介することで,今後の展望を見つけたい。

 第一は,学習指導要領の変化の予兆である。

 現在の学習指導要領は,ゆとり教育,内容の3割削減,低学力化問題などできわめて評判が悪い。おそらく近々に次の学習指導要領の作成準備にとりかかることになろうが,現在の学習指導要領の問題点,一貫性の薄さと親学問との断絶を超える予兆が見え始めているのである。残念ながら小学校にはそれはまだ見られない。中学高校ではすでにはじまっている。前述のごとく,中学校では,制約条件のなかでの選択という指示が前回の学習指導要領から盛り込まれている。高等学校では,それを受ける形で,「政治・経済」で経済に関する見方や考え方という文言がはいった。これは,経済教育が親学問として主流派の経済学を選んだことを意味していよう。それをもっとはっきりうかがわせるのは,学習指導要領の解説である。中学校学習指導用要領の解説では,「資源は有限」「限られた条件の中で」「価格を考慮して選択する」という文言が入っている。高等学校学習指導要領の「政治・経済」では,「希少な資源をいかに配分するか」「選択の問題」「基本的な経済問題」であるとの文言が記されている。一環と親学問をきちんと踏まえた経済教育を推進するためにはさらに努力が必要であろうが,それでもあと一歩のところには来ている。

 現在の見方や考え方の重視は,Economic way of thinking やEconomic Literacyの重視に通じる萌芽がある。それをきちんと芽吹かせることが要請されているのである。

 第二は,教師の変化の予兆である。

 前項での宮原調査からほぼ10年後の昨2003年に,新たな調査が京都大学の佐和隆光教授を中心に実施された。この調査では,関西圏の中学教諭171名に経済教育の実施状況をアンケートしたものである。宮原調査とは設問が異なるので厳密な比較はできないが,興味深い変化が読み取れる部分がある。

 そのなかに,教員の出身学部を問うた項目があるが,なんと経済学部出身者が全体の22.8%であったことがある。さらに,教職以外の経験をして教員になったと回答した人は17.5%に上っていた。もちろん経済学部卒業生がきちんと経済学を勉強して,経済をきちんと教えられる保証があるということはない。また社会人経験者がすぐれた現実感覚をもっているとの保証があるわけでもない。しかし,旧師範系の地歴中心か,法学系出身者が多かった社会科教育の現場にも新しい風が吹いてきていることがうかがわせる数字である。

 さらに,経済教育面での生徒に期待する能力は何かの設問(重複回答)に対して,79.5%と圧倒的多数は経済問題への関心をあげたが,意思決定能力の育成を重視する45.0%,経済的な見方を重視するをあげた教員も38.6%とあり,ここでも経済教育の指向が変化している予兆がうかがえる。

 第三は,学校をサポートする体制ができつつあることである。

 これは特に「総合的な学習の時間」の導入が大きな契機となっている。「総合的な学習の時間」に関しては,今次学習指導要領の目玉の一つであり,大きな期待と不安のもとで小学校から高等学校まで順次導入されて来年度に完成する。問題を発見し,自ら学ぶこの時間は,教員が教室で生徒に教えるというスタイルを排して,調査,体験などを通して問題を設定する必要がある。そのため,外部講師の依頼や体験学習先として校外からのサポートが必要となる。つまり学校を開き,教室を開くことによって成り立つ時間なのである。そのため,教材や人材など多くの学校外の諸団体からの情報提供や教材の提供,人材の提供がなされはじめている。

 その一例としては,各種のNPOが教材や資料を提供しはじめている。日本銀行を中心とする金融広報中央委員会では,2002年「金融における消費者教育の推進にあたっての指針」を出し,それまで各団体からばらばらと学校に提供されている教材がどのようなものがあり,どこで入手できるかを一覧にした「学校における金銭教育のすすめ方」などの冊子やHPによる情報提供を学校向けに行っている。また,非営利特定団体の日本FP協会も『学生のためのファイナンシャルプランニング入門』の配布や金融教育セミナーの開催などを行っている。この他,同じく非営利特定団体のアントレプレナーシップ開発センターは,アントレプレナー教育の一環として『アントレの木』『夢ナビゲーション』などの総合的な学習の時間向けの教材を提供するなどの動きがある。

 企業では,東京証券取引所が中心となって無料で提供している「株式学習ゲーム」がある。これは1995年の試行以来すでに10年の歴史をもった学校向けの学習教材である。2003年までの参加述べ人数は65万人を超え,参加校数も延べ6,322校に上っている優れた教材である。後発の日経ストックリーグも4年目になろうとしており,証券分野では他の分野に先行して学校向けの学習教材の提供が進んでいる。ほかに,保護者,地域の団体や市民などが学校にでかけて経済教育の推進をはかりつつある。

 このほか,金融庁が文部科学省に,金融教育を学習指導要領にきちんと明記することを要求したり,日本経営学会が日本学術会議と連携して,学校とくに普通課教育における経営教育を推進することを目指しているなど,経済教育をとりまく状況は大きく変化しつつある。

 このような熱い視線のなかで,その要望を生かしつつ,生徒の経済リテラシーを向上させることは現場の教員の重要な使命というべきであろう。

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日本における経済教育の現状と課題

  1. 1 はじめに
  2. 2 日本経済が直面する三つの課題と経済教育
  3. 3 制度面からみた日本の経済教育
  4. 4 経済理解力テストからみる日本の経済教育の問題点
  5. 5 日本の経済教育がこうなった原因
  6. 6 そしてこれから
  7. 7 おわりに
2007 © Akira Arai