LINK
  1. けいかも

  2. 子どもと家族で考える。経済ってなんだろう?
Mail
2004・08早稲田大学経済教育総合研究所シンポでの発表

日本における経済教育の現状と課題

東京都立西高等学校  新井 明

3 制度面からみた日本の経済教育

 では,このような課題に日本の経済教育はどう対応しているか。制度面から見てみよう。

 日本の経済教育,特に学校における経済教育を強く拘束しているのは学習指導要領である。学習指導要領でどのような経済教育が指示されているか。三点にまとめられよう。

 一つは,経済に触れるチャンスは確実にあるということである。小学校の社会科,中学の公民的分野,高校の公民科「現代社会」「政治・経済」がその主な場所であるが,家庭科の家庭経済の分野も消費者問題に関しては重要な学習の場となっている。

 二点目は,学習のチャンスが与えられているにも関わらず,一貫性が弱いことと時間的な制約が多すぎることである。一貫性が弱い点では,日本の学習指導要領は,アメリカNCEEが作成しているような『スタンダード20』のように,身に付けるべき経済概念や理論をK-12全体にわたって見通したカリキュラムとして体系的に提示しているようにはなっていない。時間的には,小学校社会科が週3時間程度,中学公民的分野は2.5時間。高校公民科も2時間である。そのなかで,実質的に経済学習に割ける時間は,小学校の場合は,単元一つに長時間かけるとしてもせいぜい10時間前後,中学校では,公民的分野に入るのが場合によっては1学期末などというケースも仄聞している。さらに,政治学習が前面にでてくると経済はほんのつけたしという実態が浮かび上がる。高等学校では2単位分の半分を使えれば最高くらいの時間数でしかない。この限られた時間のなかで,いかに上記の課題を生徒に伝えるか。至難の業であることは現場の先生方であればよくお分かりだろうと思う。

 三つ目は,母体となる学問,大学との連携の薄さである。学習指導要領の「深入りしないこと」という文言が象徴しているように縛りがかけられている。この場合,深入りという意味は,「木を見て,森を見ず」のように詳細な部分に授業が入らないように注意を喚起するという当然の注意ではあるのだが,別の側面として親学問である経済学への深入りを警告する要素ももっている。問題は後者である。高校までの授業で社会問題に興味をもって経済学部に進学したが,経済学の講義を聴いて,高校までのものとの違いに驚き,失望してゆくという話はちまたにあふれている。制度化された経済学の体系を踏まえた経済学習を行っていないために起こる悲しくも当然の齟齬というべきであろう。

 このような弱点をもちつつ行われている日本の経済教育をもう少し詳細にみてみよう。

 まず,小学校社会科。小学校社会科で経済にはじめて触れるのは3年生及び4年生の産業学習である。学習指導要領では次のようになっている。「地域の産業や消費活動の様子,人々の健康な生活や安全を守るための諸活動について理解できるように」すること。また,5年生では,「我が国の産業の様子,産業と国民生活との関連について理解できるように」するために,農業や水産業,工業生産,通信などの産業について学ぶことになっている。ここでは,経済の基本原理,そもそもなぜ経済活動が行われているのか,その時の行動原理は何かという根本問題に触れることなく,産業学習がすすめられる。また,各学習項目で「生産に従事している人々の工夫や努力」を考えるようにするという指示もある。この工夫や努力が,利潤やコストなどの経済の基本的な原理や概念の理解を踏まえたものとはならずに,個人の努力が強調されることになるのはこの内容と順序性からはやむおえない結果であろう。

 中学校社会科公民的分野。ここではじめて,経済学を母体とする内容がはじまる。学習項目は,国民生活と経済,国民生活と福祉という二項目である。前者では,消費生活,価格の働き,市場経済,生産の仕組み,企業の役割,職業・労働条件について学ぶ構成となっている。後者では,国や地方自治体の役割,社会資本の整備,環境問題,社会保障,消費者保護,財政などが扱われる。この構成は,「国民生活の向上と経済活動とのかかわり」を「個人と社会のかかわりを中心に理解を深める」ことをねらうものとなっている。経済学で言えば,ミクロ経済学と公共経済学に近い内容をもっている。生徒は小学校の産業学習で経済の原理や考え方を学んでいないので,事実上ここでの学習が経済に本格的に触れる最初の場となる。そのため,個人と経済のかかわりを学ばせようにも,その基本的な訓練をうけないで,考察を進めなければならなくなる。希少性や選択,その際に考慮されるべきコスト(機会費用)の考え方は,「限られた資源の配分という観点から財政について考えさせる」という文言が指導要領の本文に,また「経済活動が様々な条件の中での選択を通じて行われるという点に注目させて」という指示が指導要領の内容の取り扱いに明記さて,考慮されているのだが,その精神は教科書でも実際の学習活動のなかでもほとんど生かされていないのが現状である。

 高等学校公民科。「現代社会」。現代の経済社会と経済活動の在り方を学ぶとして,技術革新と産業構造の変化,企業の働き,公的部門の役割と租税,金融機関の働き,雇用と労働問題,公害の防止と環境保全などについて学ぶことになっている。また,国際社会の動向と日本の果たすべき役割を学ぶ中で,資本主義経済と社会主義経済の変容,貿易の拡大と経済摩擦,南北問題などについて学ぶことになっている。ここでの特色は,経済的な見方や考え方の基本を学ぶことなく,経済問題に取組ませていることである。また,中学校で萌芽的にあった,希少性や選択,機会費用という経済の基本原理に関する学習の指示が見られないことである。「個人の社会的責任」について考えさせるという学習内容に対して,そのための分析ツールや,基本的な考え方が十分に与えられていないことによって,経済学習が知識の学習になりかねないことが浮かび上がる。

 「政治・経済」。現代の経済の項目で,経済社会の変容と現代経済の仕組みとして,経済の歴史,経済主体,市場経済の機能と限界,物価,経済成長と景気変動,財政と租税,資金と金融を学ぶ。また,国民経済と国際経済として,貿易,国際収支,為替相場,国際協調や国際経済機関について学ぶことになっている。これらの学んだ概念や方法を使って,応用問題として,現代社会の諸問題を考えるという構成になっている。考えるべき諸問題には,大きな政府・小さな政府,社会保障,労働問題,中小企業問題,農業問題,公害防止と環境問題,南北問題,経済摩擦などを選択して学ぶことになっている。「政治・経済」では,明示的ではないが,「経済に関する見方や考え方を身に付けさせる」という目標のなかに,経済の基本概念や方法について学んだ上で,問題を考えるという姿勢に貫かれている。さらに,中学校での学習がミクロ経済を中心に学ばれることに対して,マクロ経済の観点を中心に扱うという指示がある。

 ここまでの紹介で,先に指摘した三つの特色が如実にでていることが理解していただけるであろう。日本の経済教育は,経済問題に関してはかなり網羅的に扱っているが,母体学問との連携や,問題を考えるツールを小さい時から十分に与えないことによって,大事だと思うが,難しいという評価を生徒から受けることになってしまうのである。

HOME

日本における経済教育の現状と課題

  1. 1 はじめに
  2. 2 日本経済が直面する三つの課題と経済教育
  3. 3 制度面からみた日本の経済教育
  4. 4 経済理解力テストからみる日本の経済教育の問題点
  5. 5 日本の経済教育がこうなった原因
  6. 6 そしてこれから
  7. 7 おわりに
2007 © Akira Arai