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2003・10・11 日本社会科教育学会

ウエッブサイトを利用した経済学習の試み

          −「e-教室」一年の実験から−

6 社会科教育とウエッブサイトでの学習

 ケーススタディでの特徴を踏まえ,社会科教育との関連を考察したい。

 当然のこととして,ウエッブ上のバーチャル教室の成果をそのまま教室に持ち込むことはできない。それは,上にも触れたが,参加者の多様性があるからである。

 また,カリキュラムや取り上げる概念も学習指導要領に厳密にそっているわけではないからでもある。しかし,何点かの重要な共通性や受け止めるべき教訓が浮かび上がる。それは大きく,関係の問題とコンテンツの問題に分けられる。

(1)関係の問題

 関係の問題の第一は,教室での問いかけや回答のキャッチボールが意味するものである。この教室そのものは,「学びの共同体」を目指すものとしてスタートしているが,共同体といっても基本は,一対一の対話である。そういった対話の集積としての共同体である。

 したがって,いかに対話を成立させるかは実際の教室でもバーチャル教室でも同様な努力が必要とされる。

 「経済と私」では,多様な問いかけを用意しながら「生徒」との対話を試みた。問いかけのスタイルとしては以下のようなものが実践された。一部であるが,具体的に紹介する。

@クイズ方式

「経済あれこれ」のなかでの「勇者の持ち物は」というリンクがその典型である。それは次のような質問である。

クイズです。

勇者はある物を持っていました。それを村の人にあげると皆、とっても喜んでくれます。また勇者がそれを持っていくと、村人はパンとでも牛乳とでも交換してくれました。

ある日、勇者は隣の国まで旅に出ました。

そして勇者はそのある物をパンと交換しようとしました。ところが誰も交換してくれません。それどころか、そのある物を隣の国の村人にあげようとしても、誰もまったくうれしがってくれません。勇者はとっても困ってしまいました。

さて、この勇者はいったい何を持っていたのでしょうか?

この出題者は,イヌノミストというハンドルネームをもった担当者である。勇者のもっているものは「お金」であるが,それを○×方式ですぐに引き出すのではなく,いろいろ回答させながら貨幣のなぞに接近していった。

「生徒」は当初は簡単な問題だろうとおもっていたのが,そう簡単でないことに気づき,質問者,モデレーターも含め多くの対話を行いながら理解を深めていった。同様の問いかけは,「今月の問題」のなかにもいくつか取り入れられている。

A○×式の問いかけ

「今月の問題」の中の「為替市場の風雲児登場」の中に次のような問題として問いかけられている。

いきなりの問題で面食らっている人もいるでしょうから、予想をたてながら「頭の体操」というより「基本知識のクイズ」を手始めに5題。

□ 1ドル100円が、1ドル120円になりました。これは円高である。○か×か?

□ 外国為替には証券取引所のような東京外国為替取引所がある。○か×か?

□ 東京の外国為替市場は朝9時に開き、午後5時に閉じる。○か×か?

□ 為替取引というが、ドルと円を直接交換しているのと同じである。○か×か?

□ 外国為替市場も、野菜や株式と同じように、ドルや円に対する需要と供給によって動いている。○か×か?

さあ、どうですか。

 この種のスタイルは教室でもよく行われるであろう。単純だが即答が受けられるものとして重宝されるものである。知識を問い,かつ確認するために有効な問いかけ方である。

 これも一対一の関係を作るのに有効なものであるが,バーチャル教室の場では,どの時点で回答を出すのかが問題となった。というのは,即答をすればそれ以上の広がりはなくなるし,かといって回答を長引かせると議論が混乱する可能性があるからである。これは教室でのやりとりとはやや異なる部分である。

Bアンケート型

「今月の問題」のなかの「お小遣いアンケート」がそれである。といかけは以下のようである。

少し気楽なアンケートを。ただし,これも経済の重要なテーマなんです。

その1 毎月のお小遣いの額,いくらくらいですか?

その2 そのお小遣いで,一番使っているものは何に? そしていくらくらい?

その3 二番目に使っているものは何に? これもいくらくらい?

その4 毎月のお小遣いで買えないものがあったときは,どうしてますか?

その5 もし100万円あったら,何に使う?

全部に答えなくても結構です。みんなの投稿がある程度まとまったら,結果とその分析をまとめて発表します。

アンケートも問題への関心を高め生徒との関係を作るのに良く使われるが,ウエッブサイトでも何回か使われている。このアンケートは,所得や国民所得,豊かさの検証に使うための導入に設定したものであるが,やさしい入り口からいかに関心と興味,さらに経済学への導入を試みるかのしかけが背景にある問いかけである。また,ここでも,一対一の対話とするためにどの時点で回答をするかが教室と異なる神経を使う箇所である。

C本格的問題型

 クイズに似ているが,本格的な展開を期待する問題である。「今月の問題」の「ケーキの分け方」がそれにあたる。

無人島から無事帰還した,ネコ先生とイヌ先生。今度は一つのケーキを巡ってにらみ合っています。こりない二人ですね。

さて,問題。

その1 この一つのケーキを分けるには,どんな方法があるでしょうか。その方法をできるだけたくさん(できたら5つくらい)考えてください。

その2 ネコ先生とイヌ先生が,二人とも満足するように公平に分けるにはどうしたらよいでしょうか? 二人に教えてあげてください。

その3 ネコ先生とイヌ先生だけでなく,エコ先生も俺にも公平に分けろと言い出したらどうしたらいいでしょうか?

最初は,ここまで。ある程度答えが出てきたら,次の質問にゆきます。挑戦あれ!

 この問いかけも最初はやさしそうだが,公平とは何か,資源配分をめぐって経済体制のあり方まで広がる議論を想定した問いである。

D時事問題を素材とする問いかけ風

ケーススタディの「脱ダム宣言の機会費用」が典型的である。ほかに「為替市場の風雲児登場?」などもそれに近い。「為替市場」は以下のような問いかけである。

今月は為替市場を通して,国際経済について考えます。その第一段階として,3月31日の円の対ドルレートを予測してもらいます。現在,3月3日は,おおよそ118円(少数第1位を四捨五入しています)です。これが約1カ月後にいくらになっているのか,ずばり当ててみてください。

「経済あれこれ」で話題になっているヘッジファンドの,ファンドマネージャーはこれをやっています。さて,あなたは為替市場の風雲児として,デビューできるか?

 これはシミュレーション的要素を含めた問いかけである。この種の問いかけも教室とおなじである。

 ほかにも,「ただのものをさがせ」などのこれらの問いかけを行いながら,「生徒」との関係をつくってゆく。これは基本的に教室での関係つくりと同じであり,特にウエッブサイトだからそれがうまくゆくということではないが,即時性が要求される教室での問いかけに対して,多様で丁寧な問いかけが書き込みながら作れるということは,ウエッブサイトの大きな利点でもある。

 関係の問題の第二は,異質な「生徒」たちの集団での関係つくりである。

 一対一の対応は,問いかけとその回答への丁重な返答でつくることができる。問題はその先である。教室での学ぶ集団は教室という空間に共通時間存在することで形成される。ウエッブサイトで年齢層も関心も異なる集団の「学びの共同体」は一対一を超えてどのように形成されるのだろうか。

 そのプロセスは,ツリーでの一対一のやりとりを眺めているなかから生まれると推定される。教師と「生徒」が一つの問題をめぐって対話をくりひろげている。それには直接参加していないが,多くの「生徒」がそれを読んでいる。年齢層が異なると,一対一の会話に介入するのには勇気がいるし,実際に参加することは少ないかもしれないが,確実にやりとりは中にはいってゆく。

 その見えない関係が「共同体」の第一歩である。

 ケーススタディでは,機会費用の本論とは異なったツリーであるが,出題者の書き込み(196)に中学生の「生徒」から「著作権」に関する疑問(197)がだされている。これは,確実にその「生徒」やりとりも含めて読んでいること,自分の関心を疑問という形で書き込んだことのあらわれである。

 それに対しては,管理者からの回答があり(198),出題者からの回答も出される(199)という流れが起こっている。このように様々なやりとりのなかでウエッブサイトでの多対多の「学びの共同体」が生まれる。それは,時間と空間を超え,バーチャルでありながら確実なものとしてひろがってゆく。

 そのような「共同体」つくりに決定的に重要なのは,教師と生徒というたての関係だけでない,生徒同士,さらには教室全体での相互のネットワークに進化する可能性を持つ対話の進め方である。その点で,書き込みでのやり取りは決定的に重要になる。ネット上のコンフリクトがないように細心の注意をはらうことが望まれるのは教室と異なる点であろう。

(2)コンテンツの問題

 「学びの共同体」つくりのもう一つの重要性はコンテンツの問題である。その一つは,きちんとしたカリキュラムをどう用意できるかである。

 わが国の社会科教育の中での経済教育の地位,および取り組みがきわめてお寒い状況であるののはつとに知られている(岩田1996)。

 岩田が指摘した状況は今日でも大きくは変化していない。もちろん,現在では,金融教育(金融広報委員会)やパーソナルファイナンス教育(日本FP協会),消費者教育(消費者教育支援センター),起業家教育(京都リサーチパーク)などが積極的に展開されているが,一番基本的な学習指導要領での経済の扱いはまだ課題を多く残している。

 ななかでも一番の問題は,経済の基本概念が明確に位置付けられていないことであると報告者は感じている。その問題を解決するための一助としても一貫した学習内容をもったカリキュラムに基づいた実践が数多く積み上げられなければならないだろう。学校教育の場では,それは時間の制約や人的な制約もあり十分展開できない。ウエッブサイト上の「経済と私」の教室はその限界を,時間,空間の制約をはなれて実施できる場となりえたのではないか。今後,この種のこころみが広く展開されることは,経済教育の推進にとっても大きな可能性を開くことになろう。

 コンテンツに関連して,メディアを使った学習の可能性もこの教室からは見えてくる。参加する生徒がパソコンとメールが可能であるという条件のもとではあるが,調べ学習を行おうとすれば,教室にはられたリンクからも,また各自が持つ検索システムからも簡単に情報に接近できる。

 そういった学習の構造は,せまい教室で情報を一方的に与えられる従来型の学習の構造を打ち破る可能性を持つ。また,新井紀2003が指摘しているように総合学習的における調べ学習にも通じるメディアの利用性が大きく広がっている。

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ウエッブサイトを利用した経済学習の試み

  1. 1 はじめに
  2. 2 「e-教室」と「経済と私」
  3. 3 「経済と私」のカリキュラムと学習活動
  4. 4 一年の学習活動の実際
  5. 5 ケーススタディ「脱ダム宣言のキカイヒヨウ」
  6. 6 社会科教育とウエッブサイトでの学習
  7. 7 まとめと今後の課題
2007 © Akira Arai