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月刊『資本市場』平成17年2月号 掲載原稿

投資教育と株式学習ゲーム

東京都立西高等学校  新井 明

2 株式学習ゲームが挑戦したもの

 株式学習ゲームがこれだけ普及したことに正直,筆者自身が驚いている。証券界の熱心な取り組みと援助があったからこそであるが,これまでの学校文化を知っている者からは考えられない普及度だったからである。いわば日本の学校文化に果敢に挑戦したのが株式学習ゲームではなかったかとも思う。当然,その道は決して平坦なものではなかったはずである。

 筆者は直接経験しなかったが,株式学習ゲーム導入時に三つの強力な反対が各地であった。一つは,管理職。二つ目は,文化人。三つ目は,弁護士会からである。それは,このゲームが日本の学校文化のタブーに触れるものであったからだ。タブーとは,お金を扱うこと,儲けを競うこと,個別の企業の名前が出ること,現実に近すぎること,失敗させること,なにより自己責任を強調することなどである。

 第一のお金を扱うことに関しては,日本の学校文化が武士の文化を色濃くもっていることが大きい。明治初期に,福沢諭吉が『学問のすすめ』で実学こそが大切であると強調し,それが教科書にしっかり書かれていながら,結局は日本の学校は,武士的な教養主義をベースにしていた。だから「武士は喰わねど高楊枝」であり,「栄華の巷低く見て」なのである。お金は不浄なものという観念が強く残っている,そのなかへ株式売買が教材となって入っていったことに対しては反発が起こるのは当然であろう。

 第二の儲けを競うも同じ文脈で考えられる。ここでの儲けはキャピタルゲインであるが,儲け一般を学校は嫌う。だから,社会科の教科書では利潤追求は否定的な書き方をされてきている。配当や利子は知識としてあるが,もし生徒がお金の貸し借りをして利子をとったとしたら大騒動になるだろう。だから,売買益を競うゲームなどは許しがたいものとなる。反対者文化人の急先鋒である藤原正彦氏は,経済界の意向を受けて,こんなアメリカ流の卑しい教育をしてよいのかというトーンで株式学習ゲームに否定的な文章を何度も書いている。おそらく藤原氏にとっては,儲けや配当そのものが許しがたいものなのであろう。同じように,株の売買などに親しんだら,額に汗して働かなくなってしまうという批判や疑問も提示される。日本の学校の農本主義的な性格からの批判や疑問である。株で儲けるなどという観念を持ち込む株式学習ゲームは,学校にとって不倶戴天の敵なのである。

 第三の個別企業の名前が登場することも,学校教育でのタブーである。これは公教育ではやむおえない面もある。公平の原則に反するからである。しかし,愛知県は自動車工業が盛ん,広島市も自動車工業が盛んという形で学習してきたことが,生徒の社会認識の深化をおおきく妨げてきたかを考えると,上場企業という社会的に認知された個別企業名が学校現場に登場することは許容範囲ではなかろうか。

 第四の現実に近すぎるというのも学校文化の特色を良く表している。学校は生々しい現実から一歩離れたユートピアとして理想を追求する場として位置付けたいのである。だから,世の教育論は現実を語るより,正義を,理想を語ったものが横行するのである。

 第五の失敗させるというのはパラドックスである。というのは,「学校は失敗を許される場である」と筆者も現に言いつづけているし,学校現場では良く聞かれる言葉なのである。しかし,本音のところでは失敗を避ける文化を学校はもっている。リスクは避けるものであり,取るものではないのである。何か失敗があったら管理責任を問われ,大変なのである。したがって,株式学習ゲームのように失敗がしばしばおこりうる教材は許されないのである。それを現しているのが弁護士会の反対である。全国高等学校校長会あての大阪弁護士会所属のワラント債被害者会に参加する弁護士の主張は,寝た子を起こすな。素人の教師が危険な証券投資という雪山に生徒を連れて行って責任がとれるのか,という論理であった。

 第六の自己責任を強調する,は第五のタブーとも関連する。学校文化は結局,パターナリズムなのである。つまり,先生や親の言うことを聞いていれば良い子なのであって,自分の責任でやりだす生徒がいるとそれは範囲を外れる子ということになるのである。したがって,株式学習ゲームが基底にもっている自己責任の原則は,これまでの学校ではやはり許されないのである。

 これらのタブー破りとそれへの反発を危惧して,管理職の反対が登場する。さすがに最近は聞くことがなくなったが,株式学習ゲームが導入された初期には,中止を余儀なくされたケースもあったという。

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投資教育と株式学習ゲーム

  1. 1 はじめに
  2. 2 株式学習ゲームが挑戦したもの
  3. 3 実践のなかから登場する新しい芽
  4. 4 性急な投資教育は逆効果
  5. 5 生徒とともに
2007 © Akira Arai