泉美智子のコーヒータイムの経済学

 




寄 稿

 
No.3【アリとキリギリスの年金入門 実験授業のレポートと評価 〜公的年金問題を授業化する〜】

【年金問題を授業化することの意味】

   「不明の年金記録5000万件」と報道され、 日本の年金制度のあり方が国民の重大な関心ごととなりつつあります。 昨年の流行語大賞に「消えた年金」がトップテン入りするほどでした。

子どもたちも、大人の話題やニュースを見聞きするなかで「年金問題」に興味を持つようになってきました。 でも子どもたちの知識は当然ながら断片的にすぎません。 とはいえ、複雑な仕組みの年金制度を理解させることは決して容易ではありません。 学校の授業実践例も、そんなに多くはないようです。 しかし、公的年金は将来の自分たちのライフプランと関わる重要な制度ですから、 そういう意味でも、子どもたちが公的年金制度とその歴史を理解し、それを踏まえて、 理想の年金制度づくりについて考えさせる授業を行うことは意義深いはずです。

このように考えた中学校の社会科教師の奥田修一郎さんは年金授業実践を試みました。

「年金の授業は2〜3時間で終わらせるつもりだったのですが、公開授業にして、 専門家を含むいろんな方からアドバイスを受けつつ修正したりしているうちに、 想定していた以上に充実した内容となりました。

社会の正義の働き方に対して革新的な解釈を見出した アメリカの哲学者ジョン・ロールズの『正義論』にある「無知のヴェール」 (自分自身の社会における位置や立場について知らないと仮定して、「正義」とは何かを考える)を ヒントとするワークショップを取り入れたりして、結果的に、授業時間数は倍になりました。

お金をどう使うのかという経済教育を越えて、制度設計のあり方について考えるというところまで発展しました。 授業をしての手応えは、あの手この手でやったのがよかったのか、生徒たちに熱心に受け容れられ、 どんどん深まっていくという感じの授業になりました。最後の方になると、 何人かの生徒はヨーロッパの年金制度を調べてきたり、民主党と自民党の年金案を比較したり、 その善し悪しを述べる生徒も出てきたりしました。

授業を全部終えた後、聞いてみると、結構、制度設計に興味と関心を抱いた子が多かったようです。」

年金授業を実践した奥田先生はこう振り返っておられました。 その興味深い年金授業を暗中模索のうちに、計画し実践するまでのプロセスについて、奥田先生にお伺いしました。



【年金学習指導を計画】

   1.知識の吸収・課題の整理

1)年金受給者など身近な人からの聞き取りをしたり、新聞記事を切り抜いたり、 テレビのニュースを見たりして、公的年金に関心をもたせたうえで、一ヶ月以上の期間をかけて、じっくりと調べさせる。 調べたことをグループで発表させたり、年金報道番組を視聴しながら、番組の製作意図を考えるきっかけも与える 。

2)公的年金の制度を理解させるために、方法としては、 説明や資料の読み込みに頼るのではなく「なぜ?」「本当に?」という疑問が生まれやすいような発問を工夫する。 そしてグループ間のディベートを行う。

現状の制度の具体的仕組みだけではなく、月々の保険料、支払い期間、受給年齢、 受給金額などにも触れ、制度を支える「理念」について理解させる。 ここでは、ゲストティーチャーとして社会保険庁の職員を講師に招き、実務的な話を聞く機会を設ける。 おおまかに制度を理解したところで「君たちは二十歳になったら年金を払う?」という問いかけをする。 「払う」と答えた子と「払わない」と答えた子の二つのグループに分け、ディベートをさせる。

3)公的年金と私的年金、そして貯金との違いを具体的な数字を使って理解させる。 また、年金の歴史的経緯についての理解をも深める。説明調になりやすいが、 クイズを行いながら年金の種類についても触れる。ただし、あまり深入りはしない。

   2.検討・議論

1)多様な価値観が存在することを、物語の中で気づかせる。 物語のストーリーはわかりやすく、意見が分かれるものを用意する。 今回は、イソップ童話「アリとキリギリス」を題材とし、4つの結末

《1》不利益な人、困っている人を助け、共に生きる。
《2》自分の裁量とアイディアで自己実現する。
《3》自分のことは自分で考える自己責任。
《4》自分で招いたことに対して手助けをする必要はない、つまり自業自得。

について、「どの結末がいいか」「なぜそれを選んだのか」「その結末にはどんな価値観が潜んでいるのか」を 「価値」「コスト」「損得」をポイントにして考えさせる。ここでは子どもたちの直観的判断を大切にする。

2)「どの結末がいいか」について意見を共にするグループに分けて、 「その結末がいい」と判断した理由について話し合わせ、結論が同じなのに、なぜ理由が違うのかについて討議させる。

3)「ウァーム国(worm 虫を意味する英語)をつくろう」というワークショップを行う。 まず最初に、物語りの中のキャスト、誰(カマキリ、アリの奥さん、バッタ、トンボ、コガネムシ)を 優先させた制度設計をしようと思うのかについて討議させる。この討議をもとに、さらに話し合いを進め、 理想の年金制度はどんな制度なのかをまとめる。なお、ロールズの「無知のヴェール」の仮定のもとでは、 自分が将来どういう存在になるのかについても無知なため、自分が最も不遇な層になるかもしれないリスクを想定して、 結果的に最も不遇な層の利益を最大限にするような選択をする。 このことで社会的に公正な結論に落ち着くという原理を生徒たちに理解させる。

   3.評価・まとめ

これまで学んだことを振り返りながら、外国の年金制度や国会議論、有識者の年金改革案を生徒たち に評価させる。その際、いくつかの考察ポイントを予め示唆しておく。 公的年金を事例としながら、社会の制度を設計する面白さと難しさを実感させる。



【「教えるプロ」の真髄】

   複雑な年金制度を理解させるために、ついつい言葉での説明が多くなります。 専門用語ばかりで言葉という資源の乏しい子どもたちが授業に参加することが困難になってしまうようでは、 失敗といわざるを得ません。全員に興味を抱かせるように、そして難しいことを簡潔なボキャブラリーで理解させるためには、 参加型の授業を設計することが何よりも肝心です。奥田先生が年金授業の最後に置いたのがワークショップでした。 奥田先生は「アリとキリギリスのウァーム国でも、少子高齢化が進んでいます」と話を進めました。 その上で、「それに備えて、ウァーム政府では、公的年金制度を導入しようと準備をはじめました。 ウァーム政府はすでに公的年金制度を実施している国からアドバイスを受けたいと思っています。 そこで年金制度を学んだ君たちからもいい意見がもらえないかと願っているようです」と呼びかけました。 さらに続けて奥田先生は、「会議で制度を決めたのち、自分の決めたことは忘れて、 次の日からウァーム国の住民になるという未知の世界に入ってください」と指示しました。 「無知のヴェール」を被ってくださいというわけです。

このようにイメージしやすい素材を使い、自分のことと照らし合わせて考えやすいよう工夫し、 グループ別に意見交換を行い議論させ、おたがいの考えを深めあい、最後に、ワークショップでまとめる。 奥田先生の授業の達人ぶりに堪能させられました。



【取材を終えて】

   奥田先生は、「最初は自己責任が浸透してしまっているが、年金制度は『助け合い』、 つまり他者のことを考えることが大事であることに生徒たちは次第に気づいてきました。」と、 ご自分の授業体験を振り返って語っておられました。公的年金問題を教えるのに、 社会保険庁の不祥事に触れて伝えなければならない情けなさを、奥田先生もきっと感じておられたことでしょう。 政府が信頼できない国って、恥ずかしい限りです。



執筆:泉美智子(いずみ・みちこ)

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No.2【消費者教育「契約」を考える】
【中学三年生の授業現場から】

   「君がパソコンを買ったとしよう。いつ契約が成立すると思いますか」 という先生の質問に、生徒たちは頭をひねっています。 これは、大阪の中学校で、教師により取り組まれている「経済教育」の場面です。

次の4つの選択肢を板書して、生徒たちに選ばせます。
 ア、 口頭で「買う」といい、それを受けてお店の人が手続きを開始したとき。
 イ、 契約書に印鑑を押したとき。
 ウ、 代金を支払ったとき。
 エ、 商品を受け取ったとき。

正解は「ア」です。実際、全員がイ、ウ、エと答えて不正解でした。 いつ契約が成立するのかを示す一例なのですが、「売る意思と買う意思が合致したとき」、 つまり口約束だけで契約が立派に成立することを、生徒たちはだれも知りませんでした。

教師は続けます。「君たちが何かを買って、その契約を破棄できたケースはあるかな」。 すると「いったんお金を払って靴を買ってから、同じ店で、もっと格好いい靴を見つけたので、 すみませんが取り替えてくれませんかと交渉したら、あっさりと取り替えてくれたよ」、 「インターネットで遊んでいたら、ゲームソフトの購入サイトがあり、 間違えて購入希望をクリックしてしまって、しまったと思ったのだけれど、 送られてきてから宅配便で返送したら、それで片がつきました」など、数人が経験談を語ってくれました。 商品を購入したときに、簡単に返品できると、多くの子どもたちが思っているようです。

言い換えれば、売買という日常的な行為が「契約」であるということを、 子どもたちのみならず、大人たちもちゃんと理解していないようです。 その理由のひとつは、売り手の善意によって契約を破棄できるという経験が少なくないからです。 経済の自由化、国際化が進むなか、「契約」の世界標準を理解しなければなりません。

「売買」という契約が破棄されるのは、売り手の善意によるものと、 契約法に従い破棄されるケースとがあることを、子どもたちに認識させなければなりません。 前者の場合には、なんの問題もないのですが、後者の場合には、買い手が損失を被ります。 これからは後者の場合が増えることはほぼ確実だといっていいでしょうね。

子どもたちに「契約」のもつ意味を学習させることが大事だと思って先生は、 上記の質問を生徒たちに投げかけたのです。

欧米は「契約社会」だといわれます。他方、日本は「信頼社会」なのです。 口約束ですべてことが足りる、また口約束を破っても善意で対応してくれるという、 独特の慣行が存在する国だったのです。信頼社会である日本では、 契約という物々しい手続きは不必要だったのです。先の先生の質問で、 「ア」と答えた生徒がいなかったのは、口約束が契約だなどとは、 ほとんどの日本人にとって思いもつかないことだからです。

ところが、最近、信頼社会の土台が変化しつつあります。 信頼社会が崩壊すれば、なにごとをも契約に頼らなくてはならなくなります。 今、日本は信頼社会から契約社会への移行期にあるのです。 今の子どもたちが大人になるころには、ほぼ完ぺきな契約社会になっているはずです。

数年前に、大学院法務研究科(ロースクール)という専門職大学院が新設され、 毎年、5000人を超えるロースクールの学生が司法試験を受験し、 3600名もの司法官(その大部分は弁護士)を誕生させる仕組みが出来上がりました。 信頼社会日本では、大部分の人が弁護士のお世話にならずに、一生を全うすることができました。



【「契約」の認識 アメリカでは当たり前】

   ところが、契約社会のアメリカでは、ホーム・ドクター(かかりつけの医者)と同じように、 ホーム・ロイヤー(いつでも有料で相談にのってくれる弁護士)が必要なのです。 不動産の賃貸、売買、遺産相続、お金の貸借、税務署との交渉など、 お金にまつわることの一切合切が、弁護士の助けなしにはやりおおせません。 いわんや、企業の買収や合併に際しては、有能な弁護士に交渉の一切を委ねなければなりません。

弁護士の時給はとても高いのですが、契約に不備があったりすると、後々、大損をしかねませんから、 契約に伴うリスクを回避するには、高い料金を支払うのは避けがたいのです。次のような笑い話があります。 地下鉄の車中で、旧友の弁護士に偶然出会った人が「やあお久しぶり。ちょっと相談にのってくれないか。 ニューヨークの郊外に格好の物件があるので、買おうかどうか迷っているのだが」と相談したところ、 約10分間、その物件の価格、周囲の環境、売り手は誰か、などを矢継ぎ早に質問した挙げ句に、弁護士は 「そんなリスクの高い不動産を買うことは勧められない」と結論してくれました。その後しばらくして、 弁護士から一通の封書が届きました。封を切ると、一枚の請求書が出てきました。 請求金額は120ドル、但し書きに日付と併せて「15分間の相談料」と書かれていたそうです。

アメリカのような契約社会、契約の手抜かりで大損する可能性のある社会で、 安心して暮らすには、弁護士に契約を代行してもらわねばなりません。 日本もまたアメリカのような契約社会になることはほぼ確実ですから、先を見越して、 文部科学省はロースクールの開設に踏み切ったのでしょう。でも、先のことはわかりません。 日本は、相変わらず信頼社会であり続けるかも知れません。 もしそうだとすれば、弁護士さんの仕事はそれほど増えないということになるのかもしれません。

それはさておき、金銭の支払い・受け取りが「契約」に基づくものであることを、 子どもたちに理解させることを、これからの金銭教育の要とするべきではないでしょうか。 日本語に「お布施」という言葉があります。お盆にお坊さんに来てもらって、仏前でお経を唱えてもらう。 このサービスへの謝礼がお布施です。お布施の金額について、ちゃんとした決まりがあるわけではありません。 お布施をもらったお坊さんは、その金額が多い少ないについて、感じるところがあるでしょう。 でも、少なすぎるからといって、文句をいわないのが、お布施の原則なのです。 事前に契約していないお金の授受がお布施なのですが、この種のお金の授受は、最近、少なくなったように思われます。

これからの金銭教育に必要なのは、サービスの価格がお布施ではなく、 契約(事前の約束)によって決まるという考え方を、子どもたちに身に付けさせることです。 モノには値札が付いています。サービスには値札が付いていません。 たとえば、病院で支払う診療費のうち、お医者さんの技術料がいくらかなのかについては、あまり意識しません。 昔の開業医さんに支払うお金は、お布施のようなものだったのです。 「これサービスしておきます」というのは、「タダ」を意味していたのです。 家計の支出に占めるサービス消費の割合は高まっています。サービスの価格は「契約」によって決まるという原則を、 子どもたちに理解させる必要があります。



【クーリング・オフという「セーフティ」】

   モノを買うということ、つまり売り手と買い手と「契約」をするということを中学三年生は学びました。 次は、消費者保護法に基づく「クーリング・オフ」について、消費者教育支援センターの協力を得て学習します。

クーリング・オフとは、一定期間に限り、消費者から一方的に無条件で契約を解除できる制度のことです。 訪問販売や電話勧誘、マルチ商法、エステティックサロンや語学教室など、特定の契約について法律で認められています。

中学生には、悪質商法の種類といった知識や理解ではなく、 まず「なぜクーリングオフができるのか」という「考え方」を理解させることに重点を置かれた授業でした。

「学習塾に入塾の手続きをしたけれど、2,3日通って、どうも自分に合わないのでやめたい」 「スポーツシューズを買ったら、別の店のバーゲンでもっと安いのを見つけた」 「18歳のお兄ちゃんが高校を卒業し、バイクの免許を取りました。 オートバイを購入したけど、その後、お父さんに反対されたので返した」。 いろんなケースに対して、契約を破棄できるかどうか、生徒に考えさせます。 そして、契約場所(どこ)、期間(いつ)、商品(何を)、金額(いくらで)、方法(どのように)買ったのか、 クーリングオフができるかどうかの判断をするポイントを整理します。 生徒は身近に起こりうる話にとても関心を寄せているようです。 なんとなく、理解ができた生徒たちは、どうしてそのような決まりになっているのかについて話し合い(討論)をします。 「契約」について理解をしたところで、最後は替え歌「われは海の子」「浦島太郎」「うさぎとかめ」などの メロディに合わせて(  )に当てはまる言葉を考えながら「クーリング・オフのうた」を大合唱です。


1、 ある日(   )さそわれて
話にのせられ(   )と
たのむと 約束したけれど
本当に これで いいのかな

2、 売ります 買います 書面書き
(   )成立 したけれど
やっぱり 私は やめたいの
クーリング・オフは どうするの

3、 私は 契約 解除する
はがきに書いて 配達記録
(  )以内に 出しましょう
コピーの保存も 忘れずに


「ついつい」「とつぜん」という言葉を考えさせることを意図していますが、 「つられて」「つかまり」「ともだち」「とられて」など、さまざまな答えがでてきた。 この理由付けが大事。つまり「頭を冷やしてもう一度考えてみると」ということで、 じっくり考えることができる「通信販売」や「店頭販売」では適用されないことを、 歌詞を考える手法を用いて授業実践を試みたそうです。



【授業を終えて】

   金銭教育とは「使う」「貯める」をモチーフに教育をイメージしがちですが、 今、自己責任が求められている賢い消費者とは、情報をうまく取捨選択して、 主体的な行動ができるように育てることがもっとも重要ではないでしょうか。

授業を終えて、子どもたちは、知らなかったことを知る喜びを感じており、 日常生活に結びついた学習教材、子どもの興味に根ざした適切な教材、 そして多様な授業方法が、理解に繋がります。 子どもたちが「ここで一言言いたい!」「へ〜!そうだったのか」と身を乗り出す場面を多く組み込み、 討論をさせることで、認識を深める。「このような消費者教育を通して、子どもたちに身につけさせなければならない力」 つまり、発見する力、未然に防ぐ力、適切に対応する力の基礎を培うために、 これからもこのような経済教育に関する有効な指導法の在り方を追求していきたいと授業を担当した教師は語っておられました。



執筆:泉美智子(いずみ・みちこ)

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No.1【金銭感覚と整理収納力】

   最近、「若者が自分の部屋を片付けられなくなった」という話をよく耳にします。
念入りに化粧して、高級ブランドの時計を腕につけ、ヘアースタイルにも気を使う。
そんな若い男女が、自分の生活の場である部屋を整理・整頓できないという、
つじつまのあわない現象が、今、話題となっているのです。
実は、そういう若者は、お金の管理にもルーズであるという傾向があります。
必要なモノと不必要なモノとを判別して、整理・整頓する習慣が身についていると、
モノを買うときにも、必要なモノと不必要なモノの判別がきちんとできる、
つまり、上手なお金の使い方ができるのです。

経済教育については、数年前から、文部科学省も学校現場での指導を促す方針を打ち出しています。
そこで、総合学習の時間を利用して、取り組みを始めました。 とはいえ、整理・整頓と並んで、金銭教育もまた家庭でのしつけこそが大切なのです。 家庭と学校とが時には連携しながら双方の教育の相乗効果を期待しての取り組みが求められています。



【整理・整頓が金銭感覚を養う第一歩】

   今の子どもたちは、豊かなモノに囲まれて何不自由なく育っており
「落し物をしても取りにこない」「物を大切にしない」
「たくさんのお小遣いをもらうが、労働の尊さや厳しさがわからない」などといわれます。
モノがなに不自由なく手に入り、豊かな時代に育った子どもたちには、
小遣いという限られた金銭を、一カ月単位で計画的に使うという経験が乏しいのです。
自分で使うことのできる金銭には限度があること、そして一定の範囲内で計画的に金銭を使うことの重要性を子どもたちに気づかせることが、 健全な金銭感覚を育てるうえで、最も大切なポイントなのです。


昨今の子どもたちへの金銭教育の現状をみると、小学校の家庭科の授業の中で、 日常の生活への興味・関心をもち、生活をより快適にすることをねらいに、 衣・食・住という人間の基本的な生活必需品を備えるために必要なお金の取り扱い方について学習しています。 特に、身の回りのモノや金銭の計画的な使い方と買い物を中心に、


(1) 時間の有効な使い方

(2) 身近に使うモノの手入れ・整理・整頓の工夫

(3) 環境に配慮した日常生活の工夫


を意識して、子どもたちに健全な金銭感覚を身に付けさせ、モノを大切にし、 資源を大切にする心を育てるなど、大げさにいえば、 環境と経済を調和させるライフスタイルを子どもたちに教えようというわけです。 身の回りのものを整理・整頓する能力こそが、金銭感覚、 つまり、お金の「出」と「入」をしっかり自分で管理する能力と表裏一体の関係にあるのです。



【キッズ・ジュニア・ファイリングで「片付け術」を学ぶ】

   子どもの金銭教育の土台となる、整理・整頓の力を養うことをねらいに、 整理収納アドバイザーの小野裕子さんは「キッズ・ジュニア・ファイリングゼミ」を実施しています。 「自分の身のまわりの整理・整頓を習慣づけることで、金銭感覚も必ず身につきます」と小野さんは断言します。 ファイリングとはルールを決め、それに従って収納することです。 もともと小野さんは、事務機メーカーの研究所に20年間勤務し、ファイリングの指導をしていました。 独立後は、個別アドバイスを基本に、講演活動にも余念がありません。


整理する場所は学習机の周辺、特に引出しの中です。 教科書や参考書、文房具、本、問題集、プリント、テスト、塾の資料など、学習机の周りには紙類や文房具がいっぱいあります。 そこで夏休みを利用して、小学4年生のA君に小野先生が指導をしているところに潜入しました。


ステップ1:
(現状把握)どんなものがどこに入っているのかを確認する。

ステップ2:
(取捨選択)要るものと要らないものとを判別する。

ステップ3:
(リユース・リデュース・リサイクル)要らないものを処分した上で、残ったものの整理にかかる。

ステップ4:
(定位置管理)それぞれの机の引き出しや棚の使い方を決める。そのとき、利用頻度、使い勝手、収納量などを考える。

ステップ5:
(大分類)整理をするものを大きな内容(かたまり)ごとにまとめる。

ステップ6:
(中身の内容表示)ファイルや箱などを使って収納。そのときに、見出しにタイトルを付ける。

ステップ7:
それぞれのものを決めた場所に収納する。

こうして、A君の書類はスッキリ片付きました。


A君の大分類は(1)教科書・ノート、(2)自宅での勉強用の文具、 (3)テスト、プリント、そして(4)思い出。収納ファイルにこの4つのタイトルをつけます。 この大分類から、今の生活が見えてきますね。分類することには、結構、楽しさもあり難しさもあるのです。


分類のポイントとしては以下の4点に気をつけます。


1 未決と既決を区別する。

2 あまり重くならないようにする。同じグループで量が多い場合は分ける。

3 収納するときは分類と序列を考える。

4 大切なものを収納するところを必ずつくる。


小学4年生のA君は見違えるようになった自分の机の周りを眺めながら、 「足りないものと余っているものが自分で判ったのがよかった。 そして、大切な『思い出』をひとつの箱にまとめられたことが嬉しかった。 これは、お金では買えない大切なもの」と満足そうでした。



【グローバル化が進む中でどうしつけ、どう教育するか】

   金銭教育に取り組む学校が増えています。 とはいえ、日本では「子どもはお金のことを口にしてはいけない」とか「子どもの前でお金の話はしてはいけない」 などのタブーがあり、いまだに金銭教育に抵抗の声があるのも事実です。 しかし、21世紀をむかえ、経済のグローバル化がますます進捗するなか、 世界の先進諸国と発展途上諸国の棲み分け、世界市場での製造業の熾烈な競争、 二酸化炭素排出権を売買する取引市場の形成など、グローバル化した経済の仕組みが、 今後、錯綜化を極めることは疑いを入れません。 将来を担う子どもたちに、グローバル化した経済の仕組みを理解させることは必要不可欠なのです。 小学校低学年の子どもたちの金銭教育は、そのための「入口」なのです。中学生の子どもたちには、 投資教育や起業教育が経済教育の「入口」になります。ともすれば、入口に立ち止まったままで、 経済教育をやり終えたように考える先生方も少なくないようですが、 やはり経済の仕組みにまで踏み込んでもらわないと、全うな経済教育にはなりません。


小学生向けの金銭教育とは、お金やモノの価値や役割について理解させることです。 どのようにしてお金が手に入るのか、そしてお金を何のために使うのかを、 子どもたちに身近な具体例を使いながら分からせて、子どもたちに良い意味での金銭感覚を身につけさせるのです。 お金やモノを大切にすることは、学習机の周りを整理・整頓することと同じことなのです。 なぜなら両者とも、定めたルールに従うこと、習慣を身につけること、そして無駄を省くことが基本だからです。


中学生向けの金銭教育は、子どもたちの誰もが興味をもちそうな株式投資や起業などのゲーム感覚を入口にして、 グローバル化した市場経済の仕組みを理解させるまで、展開させなければなりません。


高校生向けの経済教育となると、アメリカでは、日本の大学での経済学入門講義のレベルを、 ある意味では、はるかに上回っています。市場経済の仕組みについて、理論的な知識が十二分に教えられるのです。 アメリカの初等中等教育では、ディベートとプレゼンテーションがつきものです。 理論を教えられた生徒たちが「へえ、ふーん」というだけではなく、その理論を用いて時事的な問題や、 自分が日ごろ不可思議に思っていることを解釈してみせ、それをプレゼンテーションさせる。 それを聴いた他の生徒たちは「その解釈はおかしいよ」だとか、「こんな解釈もあるんじゃないの」だとか、 さんざん議論(ディベート)をします。


経済とは、とりわけつかみどころのない代物です。 およそこの世で、経済と無関係なものなど、ほとんどあり得ないといっても言い過ぎではありません。 ですから、経済の知識はとても幅広なのです。その知識を頭の中でファイリングしておかないと、 議論の最中に、レレバント(適切)な知識をとっさに取り出して、相手を説き伏せることはできません。 また、新聞記事やテレビのニュースの意味を理解するためにも、レレバントな知識の入ったファイルをいくつか取り出し、 それと照らし合わせれば、ニュースの骨子と意味を正しく理解できるのです。



【金銭教育の「はじめの一歩」は整理・整頓力】

   このように知識というのは、詰め込めばそれでいいわけではありません。 頭の中に知識を詰め込むことは、もちろん必要です。 でも、詰め込んだ知識が、頭の中でファイリングされていないといけないのです。 インフォーメーション・リトリーバル(情報検索)という言葉があります。 頭に詰まった知識(=情報)を、臨機応変、いかにして取り出すかが勝負なのです。 会議の席上、座談会でのディベートの場において、レレバントな知識を、頭から引き出せるかどうかが決め手となります。 「あの人は頭のいい人だ」とか「あの人と議論したら、いつも説き伏せられる」といわれる人は、 要するに、知識のファイリングが整っている人なのです。


日本で金銭・経済教育を普及・浸透させるためには、 整理整頓という家庭でのしつけと小中高校の家庭科の時間や総合学習の時間を活用して、 その力を発揮できる場所を提供していただき、経済教育のきっかけになることを願います。



執筆:泉美智子(いずみ・みちこ)


※ 寄稿の原稿はウェブ連載(gooマネー)を元に加筆、修正したものです。

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